2000年程前にイエスが粘土の効用を理解していたことを示唆する記録もある。聖書外伝『エッセネ派の平和福音書(Essene Gospel of Peace)』では、足の骨がよじれ、こぶを作り、酷い痛みでほとんど歩けなくなっている人々が、イエスに治療法を求める逸話がある。そこでイエスは、太陽の光で軟らかくなった川岸の粘土質の泥に足を沈めれば、すべての不浄と病気から解放されるだろうと告げる。そして、それに従うと、人々の足にあったこぶは消え、曲がった骨はまっすぐに伸び、痛みが消えたことが記されている。このような皮膚への粘土パック(湿布)は現在でも注目されている有効的な施術法である。
古代エジプトにおいて、クレオパトラは美容と日焼け対策のために粘土(クレイ)をパックとして用いていた。また、ファラオの医師は抗炎症剤として湿布に、またミイラを作るための防腐剤として、粘土を利用していた。アメリカ先住民が顔に粘土を塗る化粧を行ってきた背景にも、宗教的な理由だけでなく、暑く乾燥した土地における日焼け対策もあった。粘土は実に多くの目的で活用されてきた、人類史に不可欠な物質であったと言える。
その粘土は動物園でも活用された。例えば、カンガルーは動物園の檻の中に閉じ込められると、口の中に病変が現れ、犬のように舌を黒くする傾向がある。初期の段階で発見されれば、ビタミンB群の投与によってこれは対処可能とされる。だが、ボルチモア動物園では、1週間当り3〜4ポンド(約1.4〜1.8kg)の粘土をカンガルーに与えることで、そのような徴候が現れることすら回避させることに成功している。
また、粘土は魚の成長と健康にも影響力を持つことが判明している。アイダホ州ヘイガーマンにある米魚類野生生物局(U.S. Fish and Wildlife Service)トュニソン研究所(Tunison Research Laboratory)のロバート・スミス氏によると、マス(トラウト)の養殖家にとって最大の出費はエサ代だと思われがちだが、現実はそうではないという。当初、それは彼にとっては受け入れ難いことで、実験を行うことすらためらっていたのだが、実際に検証してみると、与えるエサの量を減らし、安い粘土を与えることでマスは大きく成長するという事実を確認したのだった。彼は条件を変えながら繰り返し実験を行ったところ、エサの量を20%減らす一方で、粘土をエサの10%分含めた際、マスは最大14%体重を増やして元気に成長することが判明したのである。彼は家禽に対しても同様の実験を行ったところ、やはり、エサの量を減らし、粘土をエサの10%分与えることで、最良の結果を出したのだった。
さらに、テキサスA&M大学では、同様にして鳥のエサに粘土を加える実験を行っている。コロラド川のデルタ(カリフォルニア州)で産出される粘土と、西部で産出される同種の粘土を与えてみたところ、何も加えなかった対象群と比較して、双方ともに鳥の体重は増加し、より多くの卵を産んだ。だが、食餌効率の面では、前者を食べさせる方が好結果を出した。その違いは糞に現れていた。エサに含める粘土量を増やすと、明らかに糞に含まれる水分が減少したのが認められたのである。テキサスA&Mの研究者は、なぜ粘土を与えると鳥が体重を増やすのか、さらに追求が必要であると報告したが、おそらくは、粘土により鳥の消化・吸収能力が改善していることが背景にあったと考えられている。
実は、その粘土こそが、南カリフォルニア大学で働いていたベンジャミン・H・アーショフ博士の関心を呼び、動物たちへの優れた栄養補給剤となるだけでなく、先述したように、骨粗鬆症に悩まされたNASAの宇宙飛行士たちに対してすら大きく貢献することとなったのである。
このように、同種の粘土の中でも効果に違いが現れ、NASAは動植物の健康に特に優れた粘土に注目した訳だが、似たような効果を与える粘土は世界各地で産出され、動植物に対するサプリメントとしてだけでなく、人間が食用に用いる粘土として世界的に普及している。
コロラド川のデルタ(カリフォルニア州)に見られるモンモリロナイトの採鉱場(出典: California Earth Minerals Corp.)