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自動車業界を揺るがす音響メーカー
2007年3月9日
各自動車メーカーは設計の際、概して「乗り心地」か「操縦安定性」のいずれかのゴールを念頭に、どちらに比重を置くか重視する。
スポーツ車では、優れた操縦安定性が目指される。そのためには、車体の剛性を高め、タイヤと路面とのコンタクトを保つことで、ハンドル操作と車体の動きに一体感を与えて、高速でのコーナリングをスムーズに実現する。しかし、スポーティーな走りを得るために、路面の凹凸を吸収するクッション性や静粛性などの乗り心地は犠牲にせざるを得ない。
その反面、高級セダンは、スポーツ車が犠牲とした乗り心地を満足させるが、スポーツ車で得られる操縦安定性は低くなる。
この「乗り心地」と「操縦安定性」の両者を同時に満たすことはこれまで不可能と考えられてきた。そのため、どちらを重視するかという点においても、メーカーのこだわりや個性が現われ、それがマニア達を楽しませる側面もあった。
もしこの二つを両立できれば、革命的な発見と言える。ところが、それを実現する技術は意外なところから現われた。


2004年8月25日、総合音響メーカーのBOSEは、電磁的アプローチによる理想的な自動車用サスペンション「ボーズ・サスペンション・システム」の研究・開発に成功したことを発表したのだ。そのサスペンションは、従来のスプリング、空気圧や油圧システムを利用したものとはかけ離れたものだった。

(ボーズ・サスペンションのフロント・モジュール)

ボーズ・サスペンション・システムの実現には、次の4つの重要な要素・技術の飛躍的な進歩が必要だった。

@リニア電磁モーター
Aパワーアンプ
Bコントロール・アルゴリズム
CCPUの演算処理速度の向上

BOSEは最初の3つに自ら取り組みつつ、最後の一つは半導体業界の技術革新が追いついてくることに賭けた。そして、1980年に始まったこのサスペンションの開発は、24年を経てようやく実を結んだのだ。
これはリニア電磁モーターを用いた技術である。リニアモーターは、通常のモーターが回転するのに対し、電流に応じて直進方向に動く。この動きをサスペンションのメインシャフトとして利用する。
つまり路面からの信号、あるいはドライバー側からのアクティブな制御によって、コイルに電気が流れると、モーターシャフトが伸縮してホイールとボディとの間隔が変化する。しかもその変化速度を変えることでスプリングだけでなくダンパーとしても働く。
さらにボーズが長く経験を積んできた「スイッチングアンプ技術」を使うことで、リニアモーターに電流を送り込むことも、一方モーターから回生電流を得ることも可能になっており、これを作動するバッテリーを助ける。実際にこのシステムで要求される消費電力は、通常のエアコンの3分の1という。

(右:ボーズ・サスペンション搭載車。コーナリングでのロールが飛躍的に改善されている。)

BOSEは極めてユニークな組織である。創立者のアマー・G・ボーズ博士は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授だった。研究者であり教育者であったボーズ博士の生き方を映し出すように、BOSEは企業と呼ぶよりは研究集団であり、限られた分野における研究は世界有数の大企業のそれをも凌ぐほど充実している。その秘密は、創業以来今日まで株主への利益配当を一切行わず、利益はすべて研究開発にまわされていることにある。近年の日本企業や、平均的なアメリカ企業のポリシーとは対極にある。
そして、このMITの頭脳を母体とするBOSEはNASAやアメリカ合衆国の軍事計画にまで技術提供を行っている。例えば、世界一の豪華客船クイーンエリザベス二世号やスペースシャトルの船内全てにBOSEのスピーカーシステムが搭載され、無給油無着陸地球一周を達成したボイジャーには消音ヘッドフォンを提供した。
 特殊な環境下での使用を前提としたオーディオ機器を開発したため、耐久性や小型化の技術力は高い。
 ボーズ・サスペンション・システムは、従来の自動車に簡単に取り付け可能で、2・3年後の販売を視野に入れている。そのため、ごく近い将来に我々も最新のサスペンションを搭載した自動車に乗れるようになるだろう。
これは、実は安全性の面でも優れている。というのも、従来の高級車の場合、急なハンドルさばきで危険を回避しようとすると、操縦安定性を犠牲にしている故に車体のバランスを崩し易い面があったからだ。そのような意味では、まさに究極のサスペンションと言え、歓迎されるべき改善である。
但し、スポーツ車では高速でも楽々とカーブを曲がれたのに、平均的な自動車に乗り換えると、同じようにカーブを曲がりきれないなど、車ごとの性能と限界をドライバー自身が自覚しておくことも重要となる。

そのような点は別として、難点があるとすれば、このような技術が自動車メーカーによって開発されなかったことである。これまで自動車メーカーは、特にエンジンと足回りは独自の高い技術力を売り物にしてきた。そのため、このような技術が普及すると、自動車メーカーが長年培ってきた独自技術の優位性を揺るがし、希薄化をもたらす可能性がある。
事実、今後は燃料電池車、電気自動車、圧縮空気エンジン車などの普及が見込まれ、自動車メーカーの独自技術への依存度は相対的に低下していくだろう。電気自動車に関して言えば、エンジンは不要で、自動車業界とは無関係のメーカーによるモーターを適用できる。さらにサスペンションにまで自動車業界外のメーカーが食い込んでくれば、自動車も組立パソコンのように、パーツの組み合わせさえできれば、大手自動車メーカーでなくても製造は可能となってくるかもしれない。そのため、現在自動車メーカー各社は必死にサスペンションの改良に取り組んでいる。
また、BOSEの企業理念に反することもり、可能性は極めて小さいとは思われるが、安全性をも高めている新型サスペンションが、採用にあたり物議をかもしたエアバッグ同様に、将来的に搭載を義務化する動きが出てくる可能性も危惧される。崇高な企業理念を持つように感じられるが、BOSEは政府機関との繋がりは強い。
最初は高級車への搭載やオプションとして現われてくるものと思われるが、価格が5000ドル程度高くなる可能性があり、どのような形で新型サスペンションが普及していくのか、今後が注目される。

昨今、「モノ作り大国」として日本の技術力を自負する日本人も多い。しかし、音響の分野においては、欧米の技術力にはまだまだ及ばない面も多く、おのずとオーディオ・マニア達は海外製品を好む。そして、高い技術力を誇る海外の音響メーカーは、ついに自動車業界にも進出してくる兆しが見えてきた。また、電子機器、コンピューター、半導体、ソフトウェア開発などの分野でも、台湾、韓国、インドなど、アジア諸国の技術力は無視できなくなっている。
高い技術力の前提には、チームワークを発揮できる安定した生活基盤が必要とされるが、現在の日本は長引く景気低迷と所得格差の拡大で逆風となっている。このような問題は、各メーカーの努力だけでは解決できず、国民一人ひとりの意識や政府による対策も見直される必要があるだろう。
また、今後も意外な分野の躍進が想定される。BOSEに見られるユニークな企業理念など、企業のあり方自体にも変化が要求されてくる時代が来るのかもしれない。

参考動画: http://www.bose.co.jp/auto/innovations/susp_movie.html
参考: http://www.bose.co.jp/auto/innovations/suspension.html

参考文献: 2004年8月26日付けwebCG by 大川悠
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